コロナ禍での出産 夫の立場から思うこと

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赤ちゃんとの生活

今回は出産前後のことについて書いていきます。5月に娘が誕生しましたが、新型コロナウイルスの流行による病院への厳しい入場制限の中、予定帝王切開で出産しました。私たちは比較的アクセスのよい地元の総合病院を選びましたが、その時はこのような事態になるとは思ってもみませんでした。出産に選んだ総合病院はコロナウイルス感染者の受け入れ病院となり、面会禁止の上、自然分娩の夫の立会出産もできなくなりました。外来での診察も2月ごろから診察室に入れるのは妻本人だけになりました。病院を受診している人が少なくなり、いつも混雑していた総合案内やお会計も閑散とした状況でした。

妻は妊娠中ずっと食欲がなく、果物や豆腐など酸味のあるもの、あっさりしているものしか食べることができませんでした。妊婦さんによると太りすぎないように指導されることもあるようですが、一度も指導されることはありませんでした。しかし、ほとんど寝ていてしんどそうでした。それでも定期検診には通い続けることはでき、初めは自然分娩が可能であるといわれていましたので、陣痛が来たら病院まで連れて行ってくれる陣痛タクシーも登録していました。出産が近づいてきたころ、逆子になり、切迫早産の兆候もあったため、母体の安全を考え帝王切開でないと危険であるという結論になりました。そして2週間前から入院して赤ちゃんが大きくなる37週を待って予定帝王切開をすることになりました。

出産2週間前

切迫早産の可能性があるため、入院。帝王切開になることが決まっていたため、私は出産直前まで自宅にいるものと思っていました。ですが、2週間前の検診で明日から入院できますか?と主治医に言われてしまったのです。妻はあわてて準備をし、家でやり残した事を後悔しながら翌日病院に向かいました。面会禁止であったため、隔日で前日に妻からLINEで送られてくるリクエストの食べ物や洗濯物をナースステーションに預け、助産師さんから持って帰る洗濯物を受け取るという生活で、病院には行くものの妻とは会えず、廊下には人が出ていなくてその景色はまるで会うことのできない刑務所の接見に行っているようでした。

妻に入院中の話を聞いてみると、4人部屋に入院していたのですが、お見舞いに来る人ももちろんいないのでカーテン越しにほぼずっと4人で楽しくおしゃべりしていたそうです。上に子供さんがいる人は入院が長い人では3カ月もの間、会えてないそうです。気の毒で携帯電話というものが進化をしていてくれて本当に良かったと言っていました。赤ちゃんの為に、家族の為に頑張ってくれるお母さんに頭が下がります。

出産当日まで

荷物の受け渡しはお昼の2時間だけであり、その時間のみ受け付けが許されていました。また、外来のない土曜日、日曜日は通用口からのみの出入りで、警備員が立っていて、入口で記名の上、名札を付けて入場しなければならない状況でした。仕方のないこととはいえ、なにもできない私は歯がゆい思いでした。

状態が悪ければ子宮全摘もあり得ることを説明されたので、大量出血に備えて自己血を貯めておくことをなりました。少し時間のかかる手術ではするものなのでしょうか。もちろん母子ともに元気で帰ってくることが大前提なので、止むを得ない事でした。

出産までエコー画像から赤ちゃんの体重を推定していたのですが、もしかしたら赤ちゃんは少し小さいかもしれない、そうなるとNICUに入って赤ちゃんだけしばらくの間入院となる可能性もありました。幸いにも予想よりも体重があったため、NICUには行かなくてよいということになりました。結果的に無事母子ともに予定通りに退院できたことは幸運なことであると思っています。

おわりに

妊娠生活が始まってから近年ではまれにみる感染症のパンデミックの中、入院している病院にその感染症の患者さんもいるであろう不安はありましたが、無事出産し、帰ってくることができました。生まれるときは他の子より小さめでありましたが、おかげさまで現在は平均的な大きさになっています。我が子が健康に育ってくれていることに感謝し、未だ終わりの見えない感染症の広がりの中、不安を抱えている妊婦さんも多数おられると思いますが、私たちの経験がこれから出産される方に多少とも参考になれば幸いです。

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