避難先でスマホの充電が切れたとき、いつも飲んでいる薬の名前と量を、正確に人へ伝えられますか。
防災バッグの中身を思い浮かべてみてください。水、食料、モバイルバッテリー、ライト。ここまでは多くの方が用意しています。では、毎日飲んでいる薬はどうでしょうか。
薬の備えは、後回しになりがちです。理由のひとつは「お薬手帳アプリを入れているから大丈夫」という安心感かもしれません。
9月1日は防災の日、8月30日から9月5日は防災週間です。この記事では、薬剤師として働く私が、災害時の薬の備えを3つに絞って整理します。
なぜ「スマホだけ」では足りないのか
先にお伝えしておくと、私は電子版のお薬手帳やマイナポータルを否定するつもりはありません。どちらも薬の情報を確認したり、医療者と共有したりできる便利な手段です。ふだんの受診では、むしろ積極的に使ってよいものです。
問題は、災害という状況が「便利さの前提」を崩してしまうことにあります。
充電と通信が切れたら、見られない
スマホで情報を見るには、端末に充電が残っていて、必要なときには通信もつながっている必要があります。災害時は、この前提がそろわないことがあります。停電が長引く、基地局がダメージを受ける、避難の途中で端末を落として壊す。どれも珍しい話ではありません。
紙のお薬手帳には、こうした条件がありません。濡れず、なくさなければ、そのまま読めます。電子と紙は、対立するものではなく、弱点の違うもの同士だと考えるのが実際的です。
アプリに載らない情報もある
もうひとつ知っておきたいのが、電子的に確認できる情報の範囲や新しさは、状況によって変わるという点です。かかった医療機関や薬局の対応状況によって、反映されるタイミングや内容には違いが出ます。
さらに、ドラッグストアで買っている市販薬や、続けているサプリメントは、自動では記録されません。これらは飲み合わせを確認するうえで大事な情報ですが、アプリの画面を見せるだけでは伝わらないことがあります。
備え1:薬の情報は紙とデジタルで二重に残す
ここからが具体的な備えです。1つ目は、情報の二重化です。
おすすめは、電子版を使いながら、紙のお薬手帳、または最新ページのコピーも用意しておくこと。コピーはジッパー付きの防水袋に入れて、防災バッグや財布に入れておきます。あわせて、そのページをスマホのカメラで撮影し、端末の中に画像として保存しておくと、通信できない場面でも自分の端末だけで確認できます。
手間としては数分です。それで、情報が消える経路をひとつ減らせます。
紙の控えに書いておく6つの項目
紙の控えを自分で作る場合は、次の内容を入れておくと、初めて会う医療者にも伝わりやすくなります。
- 薬の名前
- 1回に飲む量
- 飲む時間(朝・昼・夕・寝る前など)
- アレルギーや、過去に薬で困った症状
- かかりつけの医療機関と薬局の名前・連絡先
- ふだん使っている市販薬やサプリメント
最後の項目は特に忘れられがちですが、医療者が飲み合わせを確認するときの材料になります。
備え2:必要な日数と保管方法は事前に相談する
2つ目は、薬そのものの備えです。「何日分あればいいですか」——私が薬局でよく受ける質問ですが、全員に共通する数字をお答えすることはできません。
薬の種類、病状、受診の間隔、保管の条件によって、答えが変わるからです。ですので、次の受診や薬局に行ったときに、こう相談してみてください。
「災害に備えて、手元の薬は何日分くらい確保しておくとよいですか。どう入れ替えればよいですか」
この聞き方なら、自分の薬に合わせた答えが返ってきます。
避けたいのは、自己判断で多めにもらおうとすることと、非常袋に入れっぱなしにすることです。薬には使用期限があり、保管条件も決まっています。製品ごとの説明に従って、定期的に期限と状態を確認し、新しいものと入れ替えてください。
インスリンのように温度管理が必要な薬、注射で使う薬、医療用酸素や電源を使う医療機器は、備え方が個別になります。停電したときや避難するときにどうするかを、医療機関、薬局、機器を扱う事業者にあらかじめ確認しておきましょう。
発作のときに使う薬は、車に置かない
以前、片頭痛でトリプタン系の薬を使っている方から、こんな相談を受けたことがあります。「いつ痛みが出るか分からなくて不安なので、車の中に置いておきたい。夏に車内が熱くなっても大丈夫でしょうか」
発想そのものは正しいと思いました。発作のときに使う薬は、必要になった瞬間に手元になければ意味がありません。痛みが出てから取りに戻る、では遅いのです。ただ、置き場所として車は向いていません。夏の車内は、室温とは呼べない温度まで上がります。多くの薬は室温での保管を前提にしているため、その条件から外れると品質を保証できなくなります。いちばん必要なときに、本来の働きをしてくれるか分からない状態になってしまいます。
湿気も同じです。口の中で溶けるタイプの薬は特に湿気の影響を受けやすいので、包装から出して小さなケースに移し替えるのは避けてください。包装が破れたりしわになった場合も、そのまま使わず薬剤師に相談を。
では、どこに置くか。答えは「身につける」です。発作のときに使う薬は、防災バッグに入れておく薬ではありません。ふだんから携帯し、避難するときもそのまま持ち出す。防災の備えの中では、例外的な扱いになります。
あわせて、頓服の薬は期限切れに気づきにくいことも覚えておいてください。毎日飲む薬なら残りが減っていくので気づきますが、使わないまま持ち歩く薬は減りません。時期を決めて、期限と包装の状態を確認してください。
なお、「いつ痛みが出るか分からない」という不安が続いているなら、それは保存方法とは別の相談ごとです。発作の回数が多い場合には、発作が起きてから対処する以外の選択肢もあります。持ち歩き方を工夫するだけで終わらせず、一度主治医に相談してみてください。
家族の分は、一人ずつ分けておく
家族が何人か薬を飲んでいる場合、ひとまとめにすると取り違えのもとになります。名前が分かる袋に一人分ずつ分けておくと安心です。
このとき、錠剤だけを裸で移し替えるのは避けてください。名前や使い方が確認できる包装や、薬局から渡された袋ごと持ち出せる形にしておくのがおすすめです。
備え3:足りなくなっても、自己判断で調整しない
3つ目は、薬が足りなくなったときの行動です。
量を減らして日数を延ばす、1日おきにする、家族の似た薬で代用する。どれもやってはいけません。効き目が足りなくなったり、急にやめることで体調が悪くなったりすることがあります。
薬が残り少なくなったら、避難所の救護所、近くの医療機関や薬局、巡回している医療チームなどに相談してください。「困っている」と伝えることが、いちばん確実な対処です。
手帳もカードも持ち出せなかったら
何も持たずに避難することもあります。その場合でも、道が閉ざされるわけではありません。
被災した地域で災害時の仕組みが使われている場合、対応している医療機関や薬局では、本人の同意のもとで、氏名・生年月日・住所などから薬の情報などを確認できることがあります。ただし、使える場所や確認できる情報には条件があります。
つまり、頼れる可能性はあるけれど、当てにしきるものではない、ということです。だからこそ、自分の手元にも最新の情報を持っておく意味があります。
まとめ:災害時の薬の備え3つ
災害時の薬の備えは、次の3点です。
- 薬の情報は、スマホと紙で二重にする——コピーは防水袋へ、写真は端末内にも保存
- 必要な日数と保管方法は、事前に主治医や薬剤師へ相談する——一律の目安はない
- 足りなくなっても自己判断で調整せず、現地の医療者に相談する
備え方は、病気や薬によって変わります。薬をやめたり減らしたりしたときにどうなるかも含めて、個別のことはかかりつけの医師・薬剤師に確認してください。
なお、強い胸の痛み、急な息苦しさ、意識の異常など緊急性の高い症状があるときは、備えの話より先に、周囲に助けを求め、救急要請も検討してください。
準備しておくと、いざというときに慌てずにすみます。次に薬局へ行く日を、相談のきっかけにしてみてください。
参考
- 厚生労働省「電子版お薬手帳」
- 厚生労働省「災害への備えについて」
- 厚生労働省「国民の皆さま向け 電子処方せんQ&A」
- 内閣府・中央防災会議「防災週間について」
- 日本医師会「健康ぷらざ」https://www.med.or.jp/people/plaza/
- マイナポータル「薬」https://myna.go.jp/medicines


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